私小説 万座温泉

OL 江原久美子

前に勤めていた会社はさいたま新都心のとあるビルだった。

会社の窓からはさいたまスーパーアリーナの沢山の客を乗せた大型バスの止まる、大きな駐車場が見えた。
旅行に行く高速バスのターミナルにもなっているようだった。
平日なのに、旅行に行くなんて優雅だなあ…
と眺めていた私が、平日の朝リュックを背負ってバスを待っている。

誕生日の一月前、たまたま取れた平日の休みに、どこか旅へ出ようと考えた。温泉、三時間位で行けるとこ、今まで行った事が無い所、安い、が条件だった。

知人に万座温泉を紹介された。万座?夏に通り掛かった事があるだけで、荒涼な風景しか浮かばない。今は冬、場所は確か長野?群馬?草津の近くで、…くらいであった。
調べると、直行バスが出ている。二食付きで交通費込み、一万円と少しだ。しかもなかなか近い。

気ままな一人旅、行って見て良かったら、誕生日の彼との旅行に決めよう。
下見のつもりで、道行く朝の通勤サラリーマンを尻目にバスに乗り込んだ。

そして一月後の今日、高崎から万座・鹿沢口へ行く電車に一人乗っている。

そう、良かったのだ。
万座は良かった。

だから誕生日の旅に選んだ。


群馬に住む彼とは現地で落ち合う事にし、私は今回は在来線で行く事にした。電車でも約三時間で行ける事が解ったからだ。しかも集合時間とかには縛られない。

高崎から吾妻線に乗り、約一時間40分の旅、ローカルなこの電車から見える景色は昔の日本の風景そのままで、心が和む。だんだん山の中へ入り、高度が高くなると、ちらほら雪が見えた。
前に来た時はもう少し雪があった様に思えた。

とにかく、電車を選んだ事は正解、バスとは違う、もう少し人々の生活に近い風情が見れて、良かった。

万座・鹿沢口に着くと16時近く、流石に寒い。
こ一時間バスを待つ事は解っていたので、ダウンを羽織り、前に来た時、昼食を取った喫茶店でコーヒーを飲もうと決めていた。が…準備中…営業中!の大きなのぼりにも関わらず……
そうだろう、乗降の少ないこの駅で、四六時中開けているのも大変だ。

仕方なく駅のベンチで缶コーヒーを飲む。
ちなみに先程の喫茶店、天麩羅うどんが美味しかった。
などと考えているとバスが来た。観光バス並、いや観光バスだ。
45分、1400円、普通に生活してる人も乗るバスだ。万座ハイウェイに入る。ここからは前のルートと一緒だ。
ただ、直行バスはホテルの前まで、路線バスは万座温泉ののターミナルまでだ。


ターミナルへ着くと硫黄の強い匂いが立ち込める。

何件かの旅館の迎えのバスが来ている中、万座温泉ホテルのバスが来る。雪、大分減りましたね、と一言交わす間に、ホテルに着いた。



前回は本館洋室、今回も同じ部屋にしようと思っていたが、人気が高いのか、本館和室を取る事になった。
フロントに行くと鍵を渡される。先に来ているはずの彼、お風呂に行っている様だ。しかしこのホテルは平日なのにお客が多い。老若男女と言う感じ。

フロントから一つ下がる1階へ、ほの暗い廊下を歩くと、本日泊の部屋があった。扉を開ける。

いいじゃない……

玄関から目の前は洗面、トイレ、前と同じで和モダンな感じが落ち着く。
そこから先は広い畳部屋に次の間。
窓を開けると前回(2階)雪に埋もれていた景色は綺麗な雪の平原とスキー場の見える山々の風景に変わっていた。
目の前に大きな木がある。

このホテルには沢山の種類の部屋があるが、値段は余り差が無いので、色々な部屋に泊まりたいと言う気持ちにさせる。























私も温泉に行こうか、と思っていたら、彼が戻って来た。
6時過ぎていたので、夜御飯を食べに行く事にする。
ここは今流行りの個室や、部屋食では無いが、大会場で食べる食事は楽しい。食事は和食、どれも体に良い素材、前回来た時の教訓で、バイキング形式の美味しいお茶漬けは、お腹一杯になる前に取りに行った。

そして今日はサックスのショーがある事を調べてあったので、8時からはショーを堪能する。
フロント前のフロアに椅子を並べて作った簡易的な会場だが、お客で一杯だ。みんな思い思いに楽しんでいる。
今時、温泉でショー、なんて場末の演歌歌手、と言うイメージだが、ここは多種多様、HPで確認してみると、自分の好みの音楽に出会えるかもしれない。

悪くない。
悪くない……

部屋に戻り、今度こそお風呂へと考えていたが、ショーの後、どう考えても混んでいると思ったので、ささやかなお誕生日パーティーを部屋で開く事にした。

久しぶりに会う彼と、持ち込んだワイン、チーズ、彼が用意してくれたケーキを囲み、お互いの近況報告に花が咲く。
お風呂に入る前なので、ワインは控え目に、しばらくしてから浴場へ向かった。

いつも思うのだか、温泉は糊の利いたパリットした浴衣に着替えて、初めて日頃の疲れが解け始める気がする。

浴場は空いていた。
湯煙が濛々と上がる洗い場で軽く汗を流し、風呂に浸かる。体全身の血が巡り始め、若くても、あ~う~と声が出てしまう。

ここは湯煙りがすごくて、他人の裸や見えなくていい物が見えないからいい。ぼんやり、古き善き木の浴槽が見えるだけで、何ともいい感じだ。

外の露天風呂は今日は晴れて長湯が出来そうだ。前回は吹雪だった。
が、顔に当たる雪の冷たさと、温かい湯気と温湯も堪らなく良かった。

どこかの口コミに外から丸見え、と書いてあったが、この大量の湯気の中、温泉に来て気にする程でも無いだろう、と想う。

清潔な着替場で髪を乾かし、部屋に戻る。
夜は更ける………
どこに泊まっても感じるが、空調が上手く調整の効かない旅館は手数だが、加湿器を置いて欲しい、などと感じる。
















朝の食事を取りに会場へ。
沢山の食べ物が並んでいるが、パンとサラダで簡単に済ませる。

帰りたくない、と晴れて輝く雪野原を見ながら思う。


チエックアウトをする前に、予約した貸し切り風呂に入ってみる。
最後の贅沢……
貸し切りと言うと狭い所が多いが、ここは広く、やはり木造の湯舟がどーんと構えていた。

ゆっくり浸かり、ゆっくり帰り支度をし、ホテルを後にした。
帰りは車で来た彼に、軽井沢まで送って貰う。
こ一時間、かからないだろうか…結構近い。

万座から軽井沢へ向かう途中、カモシカに出会う。じーっと動かないカモシカ、初めてこんなに長く、初めてこんなに近くで見た。余りの感動に写真を撮りまくってしまう。万座の自然の偉大さを感じた。
カモシカに取っても住みやすい場所なのだろう。軽井沢は久しぶり、アウトレットで新幹線の時間までショッピングをし、お昼御飯を食べ、あさまに乗る。

埼玉県民の私は色々なルートがある事を知った。
マイカーでは分からない景色、緩く流れる時間、電車、直行バスは良かった。吾妻線は特に良い。

そして今、高級な隠れや的な旅館が増え、びっくりする程高い料金の宿が増えた中、居心地の良さと、ノスタルジア、リーズナブル、を兼ね備えた万座温泉ホテル、
作られた庭や敷地では無く、万座の自然の中に場所を借りるようにある佇まい、四季折々の顔を見せて頂きにまた、期待(来たい)

OL 江原久美子











※当館は、2008年12月1日より夕食がバイキング形式に変わりました。


本館和室 の詳細へ

このページに投稿ご希望の方は、こちらまで